平塚柔道物語その22
平塚柔道協会 会長 奥山晴治
2008年4月1日

22.平塚柔道物語・その22

真田州二郎の指導力・厳しさ

 真田州二郎(市立浜岳中教師・柔道部顧問)が、いかにして多くの優れた選手を育てて来たのか、 その指導が生徒にどのように受け入れられて行ったのか。私には大変興味深い。

 指導法の是非。その効果を決めるのは、あくまでもその受け手である。その受け手である選手から、 私は生の声を直接聞いてきたのである。

 その中で興味深いのは、精神面を徹底して鍛えてくれた、ということであった。

 現在、東海大学の柔道部60kg級代表の升水翔兵選手は、中学時代「向かっていく心、妥協しない心、 自分に厳しい心」について、徹底的にたたき込まれたと言う。

 実は、この3つの指針は、真田自身が自分の人生の指針にしているものであった。 同大学の73kg級代表の野添隆一選手も、同じく厳しさについて語っている。 「真田先生はいつも練習では、最悪状態まで頑張らせた」と言っている。

 「ごまかしているとすぐ『妥協するな』と叱る。『もっと技を掛けろ』と、自分を追い込んできた」という。 そのおかげで、升水も野添も、苦しければ苦しいほど力を発揮する選手に育っている。

 今日に至るまでの辛い練習生活に耐えることができるのは、あの中学時代にたたき込まれた3つの指針であったと思われる。

 また、真田は規律に厳しい。一昨年の小学生の大会の時であった。 平塚柔道協会の小学校5年生の生徒が、約束の時間に遅れてきた。試合時間に間に合ったものの、真田は厳しかった。 「なぜ遅れてきたのか、約束したことを破ると言うことはどういうことなのか」と問い質した。 その時私はそばで聞いていたが、そこまで厳しく注意しなくてもよいのではないかと思っていた。 しかし、あとで考えてみると、相手の命の中にたたき込む教えとはこういうことなのかと感じ入った。

 子供であっても、今後2度と遅れないように、心の底に誓ったに違いない。

 女子選手として活躍して、現在神奈川大学生の青木愛選手も、中学時代の真田先生を語る。 「先生はなぜ怒っているのか。生徒の目線で納得いくまで話してくれた」と言う。 真田州二郎は、このような一事に対しても、常に真剣勝負であった。

彼の強みは、この3つの指針を自ら実践していることである。言行不一致では、人は心からついてこない。 最近まで東海大浦安高校の主将であった木村大樹選手も「先生から学ぶことは、柔道と生き方です」と一言で言い切っている。

今でも毎朝、浜岳中学の柔道部員と、授業が始まる前に一緒に走り、夜は柔道協会の練習後、 部員と共に総合公園の鉄棒で筋トレを行っている。そして、生徒が1歩でも前進すれば一緒に喜ぶのである。

 昔の海軍大将の山本五十六の言葉に「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」とある。

写真は、浜岳中学校の柔道場で女子部員に指導する真田州二郎教師


(HIRATUKA 市民ジャーナル 連載記事より抜粋)

戻る