14.平塚柔道物語・その14
柔道から大相撲へ進出・五領ケ台高出身朝酒井(酒井泰伸)
今年の大相撲夏場所は、横綱朝青龍の21度目の優勝となった。その朝の字をもらった平塚出身の郷土力士朝酒井が、
序の口で5勝2敗という好成績で終わった。
今年3月初土俵を踏んだ朝酒井こと酒井泰伸君は、平塚柔道協会の出身で、柔道は昨年の秋5人抜きで即二段になった実力者。
身長188cm体重155kgの体格は、私が撮った写真を見ても、横綱朝青龍と並んでひけをとらないように見える。
湘南高砂部屋後援会の田代清美会長や相原光治副会長から要請もあり、私が保護者代わりになって、
高砂部屋の年末パーティーに酒井君を連れて行ったのは平成17年12月20日のことであった。
パーティーでは、入口に関取が一列に並んで私たちを迎えてくれた。酒井君と私が入ろうとすると、
朝青龍が酒井君に目をつけ、彼の肩をたたいた。その後すぐに付人が来て、朝青龍の部屋に呼ばれていった。
あとで聞いてみると、彼は朝青龍からお小遣いと色紙をいただいたという。
朝青龍は相撲も速いが、人の心をとらえるスピードも大したものである。機を見るに敏とはこういうことか。
酒井君はその日しっかりと料理を食べ、後援会のメンバーから歓待を受け、夢のような気持ちで帰宅した。
その日は布団に入ったものの、感動して一睡もできなかったという。
まさにその日は、彼の一生の転機ともいえる酒井デーとなった。
彼はそれまで、全く相撲に関心がなかったようだ。
私にバスの中で「相撲の勝負時間は何分ですか」と聞いてきたのを見てもわかる。
この時から、相撲への夢が少しずつ芽生えて来たといえよう。
酒井君の性格はやさしくて、誰からも好かれるタイプである。
彼を知る県立五領が台高校の柔道部の恩師多田功氏(現在県立厚木高校教論・平塚柔道協会理事で、
小中学校時代何もスポーツをやって来なかった酒井君に一から柔道を教え育てた恩人)は、
あの厳しい相撲の世界には合わないのではないか、と心配していた。
また、ある大学からも柔道部にぜひと誘いもあり、彼を柔道の道に進ませたかったのかもしれない。
そんな恩師の愛情の中で彼はいろいろ迷ったのだ。母からは「悔いのない人生を選びなさい」と言われた。
人生には、右か左かどちらかを選択しなければならない時が何度かあるものだ。
悩んだ末、彼の心を決めさせたのは「相撲取りになって親孝行したらどうか」という高砂親方の言葉であった。
彼は人一倍親思いである。母が具合が悪いと心から心配して面倒を見る。最近の若者にはめずらしい心がある。
親を少しでも楽にさせたいという思いから、入門を決定したという。気はやさしくて力持ちの酒井君を、
高砂親方は「まれに見る逸材だ」と言っている。
彼のやさしさは親孝行のためと考えると、強さに変わる。
その強い心と恵まれた体力をフルに生かせば、三役も決して夢ではない。
今後の活躍を期待したい。
写真は横綱朝青龍と酒井康伸さん
(HIRATUKA 市民ジャーナル 連載記事より抜粋)
|