平塚柔道の歴史

歴年表・平塚柔道の歩み

西暦
年号
平塚柔道の動き(太字は平塚柔道協会関係) 柔道界の主な出来事 内外の社会情勢 西暦
年号
1882
明治15
  嘉納治五郎が講道館を設立   1882
明治15
1885
明治18
  警視庁武術大会で講道館柔道が他諸流派を圧倒 内閣制度制定、第一次伊藤博文内閣 1885
明治18
1887
明治20
  講道館柔道の柔の形、投の形、固の形を制定   1887
明治20
1894
明治27
  小石川に講道館大道場落成 日清戦争 1894
明治27
1895
明治28
  大日本武徳会創立、柔道修行熱高揚、「五教の技」を制定   1895
明治28
1900
明治33
  講道館柔道乱取試合審判規定を制定   1900
明治33
1904
明治37
    日露戦争の宣戦布告 1904
明治37
1907
明治40
  大日本武徳会が「固の形」及び「投の形」を制定   1907
明治40

  柔道着をほぼ現行形式に改め  
1909
明治42
  嘉納治五郎師範が国際オリンピック委員に就任 伊藤博文ハルピンにて暗殺 1909
明治42
1914
大正3
天神真揚流柔道3段・西村文治郎が平塚新宿西町裏通りへ柔道場清修館を開設   日本が第一次世界大戦に参戦 1914
大正3
1918
大正7
西村文治郎の柔道場清修館が八幡山公園前に新築移転     1918
大正7
1920
大正9
県立平塚農業学校第3学年大川太郎が講道館初段を授与 講道館が段級規定を発表 第7回オリンピック大会(アントワープ) 1920
大正9

県立平塚農業学校の柔道指導者に村沢 戌 「五教の技」を改正  
1922
大正11
  講道館有段者会創立   1922
大正11
1923
大正12
    関東大地震(9月) 1923
大正12
1924
大正13
  講道館柔道審判規定を改正   1924
大正13
1925
大正14
    NHKラジオ放送開始 1925
大正14
1926
大正15
講道館5段(後に8段)加藤喜録33歳が平塚新宿の自宅に湘南柔道場を開場 嘉納師範「昔の柔道と将来柔道」をラジオ放送   1926
大正15

稽古をされた人には、後の加藤賢蔵7段、加藤幸蔵7段、大川太郎6段、加藤常一6段、 学校体操の柔術を柔道に変更  

三橋 馨6段、鈴木長一郎5段、岩田伍郎5段、古家達三3段など    
1928
昭和3
    第9回オリンピック大会(アムステルダム) 1928
昭和3
1930
昭和5
  11月第一回全日本柔道選士権大会を開催、嘉納師範が山下義昭 ロンドン軍縮会議 1930
昭和5

  と古式の形を演技  
1931
昭和6
全国農業学校柔道大会にて県立平塚農業学校の部員が優勝 10月第二回全日本柔道選士権大会を開催 満州事変勃発 1931
昭和6
1932
昭和7
柔道場清修館が館主西村文治郎病気のため閉鎖 11月第三回全日本柔道選士権大会を開催 5.15事件 1932
昭和7

    第10回オリンピック大会(ロサンゼルス)
1933
昭和8
講道館4段三橋 馨27歳が平塚新宿に相洋柔道館を開場 1月講道館最初の女子初段小崎甲子 日本が国際連盟を脱退 1933
昭和8

門下生には、長谷川徳次4段、佐藤(小泉)博4段、小島栄一3段など    
1934
昭和9
  3月東京水道橋に講道館新館落成   1934
昭和9

  11月第四回全日本柔道選士権大会を開催  
1935
昭和10
  10月第五回全日本柔道選士権大会を開催   1935
昭和10
1936
昭和11
  11月第六回全日本柔道選士権大会を開催 2.26事件 1936
昭和11
1937
昭和12
  10月第七回全日本柔道選士権大会を開催   1937
昭和12
1938
昭和13
  5月嘉納治五郎が氷川丸船上にて逝去   1938
昭和13

  10月第八回全日本柔道選士権大会を開催  
1939
昭和14
県立第二工業学校(平塚工業高校)柔道部発足、指導者は丹羽文雄   第二次世界大戦勃発 1939
昭和14
1941
昭和16
  講道館と大日本武徳会が柔道の形について協定 真珠湾攻撃、太平洋戦争 1941
昭和16
1943
昭和18
相洋柔道館が灯火管制の強化により夜間稽古困難のため閉鎖     1943
昭和18
1945
昭和20
  終戦後、10月に学校教育から銃剣道と教練が禁止 広島・長崎に原子爆弾投下、終戦 1945
昭和20

  11月「終戦に伴う体練科教授要領取扱に関する件」  

  並びに「武道の取扱に関する件」が発せられ柔道・  

  剣道・弓道の授業を中止、12月には学校又はその  

  付属施設での柔道・剣道の個人練習も禁止  
1946
昭和21
  5月に警視庁で柔剣道試合を開催 日本国憲法公布 1946
昭和21

  10月大日本武徳会解散  
1948
昭和23
  5月戦後初の全日本柔道選手権大会開催、松本安市6段優勝 第一次中東戦争(パレスチナ戦争) 1948
昭和23

    全国警察柔道選手権大会開催  
1949
昭和24
10月平塚柔道協会発足、初代会長鈴木亀次郎、副会長加藤喜録 5月柔道有段者会を解散し全日本柔道連盟結成 中華人民共和国成立 1949
昭和24

    全日本柔道選手権大会石川隆彦6段と木村政彦7段が引分 湯川秀樹ノーベル物理学賞受賞
1950
昭和25
  5月全日本柔道選手権大会石川隆彦7段連続優勝 朝鮮戦争勃発 1950
昭和25

  10月学校教育に柔道復活  
1951
昭和26
4月平塚高校柔道部復活師範加藤常一(この年より柔道が高等学校の正課となる) 3月講道館柔道試合審判規定を改正 日米安全保障条約調印 1951
昭和26

4月江南高校柔道部師範藤木松之助 5月全日本柔道選手権大会醍醐敏郎6段優勝 第1回アジア競技大会開催

6月神奈川県高体連第1回柔道大会県立江南高校にて開催、平塚高校準優勝 10月全日本学生柔道連盟結成  

9月平塚柔道協会が柔道会館建設の基金壱百万円募金を開始   第3回全日本学生柔道選手権大会開催(第1回は昭和15年)  
1952
昭和27
4月江南高校柔道部指導者沖津昇治 5月全日本柔道選手権大会吉松義彦6段優勝 NHKテレビ放送開始 1952
昭和27

6月県下高校柔道大会 8月第1回全国高等学校柔道大会(水戸) 第15回オリンピック大会(ヘルシンキ)

  9月第1回全日本学生柔道優勝大会  

  12月国際柔道連盟(IJF)結成  
1953
昭和28
2月西湘地区高等学校柔道大会優勝江南高校、準優勝平塚高校 5月全日本柔道選手権大会吉松義彦7段連続優勝 7月学校教育に剣道復活 1953
昭和28

4月平塚商業高校柔道部発足指導者三橋 馨 9月第2回全国青年大会柔道競技(講道館)  

9月平塚市市民体育大会柔道競技(見附台公会堂)    
1954
昭和29
6月県下高校柔道大会・平塚高校準優勝 5月全日本柔道選手権大会醍醐敏郎6段優勝   1954
昭和29
1955
昭和30
2月県下高校柔道大会・平塚高校優勝 5月全日本柔道選手権大会吉松義彦7段優勝   1955
昭和30

3月平塚柔道協会代表者鈴木亀次郎と加藤喜録が柔道会館建設基金の一部として、金80万円を柿沢市長へ、同日寄附採納願を提出    

9月平塚柔道協会代表者鈴木亀次郎と加藤喜録が柔道会館建設基金の残金として、金20万円を戸川市長へ、前回分と合せ基金壱百万円の目標達成    

  平塚市体育協会河野謙三会長・平塚柔道協会鈴木亀次郎会長他協会役員9名の連名で市営柔道会館建設に関する請願書を戸川市長及び遠藤市議会議長へ提出    

9月平塚市市民体育大会柔道競技(見附台公会堂)江南高校個人有段者無段者及び団体すべてに優勝    

  神奈川県体育功労者加藤喜録氏受賞(平塚柔道協会)    
1956
昭和31
  平塚柔道協会が加藤喜録会長へ 5月3日第1回世界柔道選手権大会夏井昇吉6段優勝 日ソ国交回復、日本国際連合加盟 1956
昭和31

9月第5回平塚市民総合体育大会柔道競技 (この代表決定のために全日本柔道選手権大会は中止となる) 第二次中東戦争(スエズ動乱)

10月江南高校加藤 壮選手国体出場   第16回オリンピック大会(メルボルン)
1957
昭和32
6月県下高校柔道大会・平塚高校優勝 5月全日本柔道選手権大会夏井昇吉6段優勝 ソ連人工衛星1号打上げ 1957
昭和32

9月第6回平塚市民総合体育大会柔道競技   欧州経済共同体(EEC)成立
1958
昭和33
8月第7回平塚市民総合体育大会柔道競技 5月全日本柔道選手権大会曽根康治5段優勝   1958
昭和33

12月平塚市見附台武道場竣工、木造平家116.5坪(昭和46年に5.25坪を増築)、道場100畳敷 11月30日第2回世界柔道選手権大会曽根康治5段優勝  
1959
昭和34
8月2日第8回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝富士見 5月全日本柔道選手権大会猪熊 功4段優勝 皇太子(平成天皇)ご結婚 1959
昭和34

    講道館創立100周年  

11月県下高校体重別柔道大会・平塚高校準優勝    
1960
昭和35
8月21日第9回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝富士見(この大会より地区対抗となる) 5月全日本柔道選手権大会神永昭夫5段優勝 第17回オリンピック大会(ローマ) 1960
昭和35

  12月三船久蔵十段文化功労賞授与 浅沼稲次郎暗殺

11月県下高校体重別柔道大会・平塚高校準優勝    
1961
昭和36
  5月全日本柔道選手権大会神永昭夫5段優勝 東西ベルリンの壁による交通遮断 1961
昭和36

8月27日第10回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金田 6月オリンピック東京大会に柔道が正式種目に決定  

  12月2日第3回世界柔道選手権大会オランダのヘーシンク優勝  
1962
昭和37
8月26日第11回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝富士見 4月全日本柔道選手権大会竹内善徳5段優勝   1962
昭和37

11月県下高校体重別柔道大会・平塚高校優勝    
1963
昭和38
8月25日第12回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝港 4月全日本柔道選手権大会猪熊 功5段優勝 通信衛星が日米テレビ中継に成功 1963
昭和38

9月8日神奈川県青年大会柔道競技、平塚市第3位入賞   第15回全日本学生柔道選手権大会(体重別制を採用) ケネディ大統領暗殺

10月6日神奈川県民総合体育大会柔道競技、平塚市第3位入賞    
1964
昭和39
7月26日第13回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝富士見 4月全日本柔道選手権大会神永昭夫6段優勝 東海道新幹線全線開通 1964
昭和39

  10月オリンピック東京大会柔道競技 第18回オリンピック大会(東京)

9月  神奈川県民総合体育大会柔道競技、平塚市第3位入賞   軽量級優勝中谷雄英4段、中量級優勝岡野 功3段  

11月8日第1回神奈川県下柔道大会を平塚柔道協会が主催、優勝日大藤沢高校   重量級優勝猪熊 功5段、無差別優勝ヘーシンク5段  
1965
昭和40
8月22日第14回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝花水 4月全日本柔道選手権大会坂口征二4段優勝 朝永振一郎ノーベル物理学賞受賞 1965
昭和40

  10月14日第4回世界柔道選手権大会(リオデジャネイロ) ヨーロッパ共同体(EC)発足

9月12日神奈川県青年大会柔道競技、平塚市第3位入賞   重量級優勝ヘーシンク、中量級優勝岡野 功  

10月31日第2回神奈川県下柔道大会、優勝日大藤沢高校、準優勝鶴見中山道場   軽量級優勝松田博文、体重無差別優勝猪熊 功  
1966
昭和41
8月21日第15回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝港 4−5月全日本柔道選手権大会松永満雄5段優勝   1966
昭和41

  5月第1回アジア柔道選手権大会(マニラ)  

11月13日第3回神奈川県下柔道大会、優勝横須賀渡辺道場、準優勝厚木柔道協会 6月第1回世界大学柔道選手権大会(プラハ)  
1967
昭和42
  4月全日本柔道選手権大会岡野 功5段優勝 第三次中東戦争 1967
昭和42

7月30日第16回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝神田 10月第5回世界柔道選手権大会(米国ソートレーク) 中国・文化大革命

    重量級優勝ルスカ、軽重量級優勝佐藤宣践4段  

  神奈川県体育功労者大川太郎氏受賞(平塚柔道協会)   中量級優勝丸木英二4段、軽中量級優勝湊谷 弘5段  

11月5日第4回神奈川県下柔道大会、優勝横須賀渡辺道場、準優勝日大藤沢高校   軽量級優勝重岡孝文4段、体重無差別優勝松永満雄5段  
1968
昭和43
8月25日第17回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝大野 4月全日本柔道選手権大会松坂 猛5段優勝 第19回オリンピック大会(メキシコ) 1968
昭和43

11月10日第5回神奈川県下柔道大会、優勝横須賀渡辺道場、準優勝平塚商業賛柔会 5月第2回全日本選抜柔道体重別選手権大会 ベトナム戦争突入
1969
昭和44
  平塚柔道協会が大川太郎会長へ 4月全日本柔道選手権大会岡野 功5段優勝 米国・アポロ11号人類初の月面着陸 1969
昭和44

8月24日第18回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝中原 10月第6回世界柔道選手権大会(メキシコ)  

    重量級優勝須磨周司4段、軽重量級優勝笹原冨美雄4段  

11月9日第6回神奈川県下柔道大会、優勝横須賀渡辺道場、準優勝藤沢石井道場   中量級優勝園田 勇4段、軽中量級優勝湊谷 弘5段  

    軽量級優勝園田義男4段、体重無差別優勝篠巻政利4段  
1970
昭和45
8月24日第19回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目 4月全日本柔道選手権大会篠巻政利5段優勝 日本万国博覧会大阪で開催 1970
昭和45

  5月第2回アジア柔道選手権大会  

11月8日第7回神奈川県下柔道大会、優勝横須賀渡辺道場、準優勝平塚工業高校OBクラブ    
1971
昭和46
8月22日第20回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝土屋 4月全日本柔道選手権大会岩釣兼生優勝   1971
昭和46

  5月第5回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

10月31日第8回神奈川県下柔道大会、優勝日大藤沢高校、準優勝日大高校武道館    
1972
昭和47
9月3日第21回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝崇善、第3位大野・土屋 4月全日本柔道選手権大会関根 忍優勝 日中国交回復 1972
昭和47

               (個人戦の部)有段者優勝石井信也、無断者優勝光林 勉 10月オリンピック・ミュンヘン大会柔道競技 2月札幌冬季オリンピック

10月1日神奈川県青年大会柔道競技、平塚市第3位入賞   中量級優勝関根 忍、軽中量級優勝野村豊和 8月第20回オリンピック大会(ミュンヘン)

11月12日第9回神奈川県下柔道大会、優勝東海大学、準優勝東海大学付属相模原高校   軽量級優勝川口孝夫  
1973
昭和48
4月平塚柔道協会が宮代甚三会長へ 5月全日本柔道選手権大会上村春樹優勝 第四次中東戦争 1973
昭和48

8月26日第22回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝崇善、準優勝金目、第3位旭・土屋   第一次石油ショック

               (個人戦の部)有段者優勝箕島 均、無断者優勝吉田知里   ベトナム和平交渉成立

11月4日第10回神奈川県下柔道大会、優勝日大藤沢高校、準優勝東海大学付属相模原高校    
1974
昭和49
  4月全日本柔道選手権大会佐藤宣践優勝   1974
昭和49

8月25日第23回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝富士見、準優勝港、第3位金目・土屋 5月第7回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

               (個人戦の部)有段者優勝石井信也、無断者優勝小玉    
1975
昭和50
5月18日第11回神奈川県下柔道大会(参加33チーム、平塚柔道協会主催は本大会が最後) 4月全日本柔道選手権大会上村春樹優勝   1975
昭和50

8月24日第24回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝港、第3位旭・大野 5月第8回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

               (個人戦の部)有段者優勝丸岡 功、無断者優勝相原常人    

9月神奈川県民総合体育大会柔道競技、平塚市第3位入賞    
1976
昭和51
  4月全日本柔道選手権大会遠藤純男優勝 米国・バイキング号火星に軟着陸 1976
昭和51

8月29日第25回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝大野、準優勝港、第3位吉沢・旭 7月オリンピック・モントリオール大会柔道競技 第21回オリンピック大会(モントリオール)

               (個人戦の部)有段者優勝菅原尚己、無断者優勝相原常人   無差別級優勝上村春樹、中量級優勝園田 勇  

    軽量級優勝二宮和弘  
1977
昭和52
  4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝   1977
昭和52

8月28日第26回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝大野、準優勝土屋、第3位吉沢・金目 5月第10回全日本選抜柔道体重別選手権大会(体重kg制に変更)  

               (個人戦の部)有段者優勝斉藤智裕、無断者優勝吉野一浩    
1978
昭和53
8月27日第27回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝四之宮、準優勝土屋、第3位花水・富士見 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝   1978
昭和53

               (個人戦の部)有段者優勝加藤秀憲、無断者優勝川崎 章 第1回嘉納治五郎杯国際柔道大会を開催  
1979
昭和54
  4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝 ソ連アフガニスタンへ侵攻 1979
昭和54

8月26日第28回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝八幡、準優勝四之宮、第3位旭・土屋 5月第12回全日本選抜柔道体重別選手権大会 イラン政変・第二次石油ショック

               (個人戦の部)有段者優勝相原常人、無断者優勝石川和正   米国・スリーマイル島で原発事故
1980
昭和55
8月平塚柔道協会主催の第1回平塚少年柔道大会を開催 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝 イラン・イラク戦争勃発 1980
昭和55

9月7日第29回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝土屋、第3位花水・四之宮 5月第13回全日本選抜柔道体重別選手権大会 第22回オリンピック大会(モスクワ)

               (個人戦の部)有段者優勝佐藤正司、無断者優勝臼井照人   (西側諸国が参加をボイコット)
1981
昭和56
8月9日第2回平塚少年柔道大会 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝 米国・スペースシャトル初飛行成功 1981
昭和56

  平塚柔道協会会則を制定、有段者会を発足(10月) 5月第14回全日本選抜柔道体重別選手権大会 福井謙一ノーベル化学賞受賞

8月30日第30回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝花水、準優勝富士見、第3位真土・金田    

               (個人戦の部)有段者優勝川村隆男、無断者優勝畑中英二    

11月宮代甚三会長叙勲(勲四等瑞宝章授与)    
1982
昭和57
2月平塚市体育協会体育功労者に上倉 真氏(平塚柔道協会) 1月講道館柔道試合審判規定・少年規定制定実施 南米・フォークランド紛争 1982
昭和57

8月8日第3回平塚少年柔道大会 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝 中東・イスラエル軍レバノン侵攻

9月5日第31回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝真土、第3位富士見・金田 5月第15回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

               (個人戦の部)有段者優勝石井信也、無断者優勝畑中英二 第2回嘉納治五郎杯国際柔道大会を開催  
1983
昭和58
5月平塚柔道協会が小泉 博会長(有段者会会長兼務)へ 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝   1983
昭和58

8月7日第4回平塚少年柔道大会 5月第16回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

9月11日第32回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝土屋、準優勝四之宮、第3位金目・金田    

               (個人戦の部)有段者優勝小宮照久、無断者優勝長谷川淳一    

9月平塚市体育功労者に宮代甚三前会長(平塚柔道協会) 12月第1回福岡国際女子柔道選手権大会  
1984
昭和59
2月平塚市体育協会体育功労者に小泉 博会長(平塚柔道協会) 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕優勝 第23回オリンピック大会(ロサンゼルス) 1984
昭和59

8月5日第5回平塚少年柔道大会 5月第17回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

11月山下泰裕選手国民栄誉賞受賞祝賀会 7〜8月オリンピック・ロサンゼルス大会柔道競技  

9月2日第33回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝八幡、準優勝四之宮、第3位金目・土屋   無差別級優勝山下泰裕、95kg超級優勝斉藤 仁  

               (個人戦の部)有段者優勝田口英明、無断者優勝石川和広   65kg以下級優勝松岡義之、60kg以下級優勝細川伸二  

9月平塚市体育功労者に小泉 博会長(平塚柔道協会) 12月第2回福岡国際女子柔道選手権大会  
1985
昭和60
2月平塚市体育協会体育功労者に猪股孝次副会長(平塚柔道協会) 4月全日本柔道選手権大会山下泰裕9年連続優勝   1985
昭和60

8月4日第6回平塚少年柔道大会 7月講道館柔道試合審判規定・少年規定改正  

9月8日第34回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝吉沢、第3位花水・土屋 12月第3回福岡国際女子柔道選手権大会  

               (個人戦の部)有段者優勝石原康平、無断者優勝及川直俊   52kg以下級優勝山口 香、72kg以下級優勝田辺陽子  
1986
昭和61
7月11日山下泰裕選手少年柔道教室(見附台体育館) 第1回全日本女子柔道選手権大会、優勝八戸かおり ソ連・チェルノブイリ原発事故 1986
昭和61

8月3日第7回平塚少年柔道大会 4月全日本柔道選手権大会、優勝正木嘉美4段 米国・スペースシャトル爆発

9月7日第35回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝富士見、準優勝旭、第3位八幡・松ケ丘 12月第4回福岡国際女子柔道選手権大会 ソ連・ペレストロイカ、グラスノスチ

               (個人戦の部)有段者優勝上田健夫、無断者優勝小川晶史   52kg以下級優勝山口 香、61kg以下級優勝持田典子 イラン・イラク停戦
1987
昭和62
8月2日第8回平塚少年柔道大会(大磯、二宮地区参加) 第2回全日本女子柔道選手権大会、優勝田辺陽子   1987
昭和62

9月6日第36回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝横内、準優勝富士見、第3位崇善・金目 4月全日本柔道選手権大会正木嘉美5段優勝  

               (個人戦の部)有段者優勝新倉大輔、無断者優勝清水信博 12月第5回福岡国際女子柔道選手権大会  

11月柔道場新設陳情書を石川平塚市長へ提出   48kg以下級優勝江崎史子、61kg以下級優勝小林貴子  

12月財団法人・平塚市スポーツ振興財団設立   無差別級優勝田辺陽子  
1988
昭和63
8月7日第9回平塚少年柔道大会 第3回全日本女子柔道選手権大会、優勝田辺陽子 第24回オリンピック大会(ソウル) 1988
昭和63

9月4日第37回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝横内、準優勝金目、第3位富士見・旭 4月全日本柔道選手権大会斎藤 仁5段優勝  

               (個人戦の部)有段者優勝諏訪 忠、無断者優勝武井 勝 9〜10月オリンピック・ソウル大会柔道競技  

9月12日平塚柔道協会が平塚市スポーツ振興財団へ30万円を寄附(感謝状授与)     95kg超級優勝斉藤 仁のみ  

9月県民総合体育大会柔道競技、青年大会平塚柔道協会第3位入賞 12月第6回福岡国際女子柔道選手権大会  
1989
平成元
8月6日第10回平塚少年柔道大会 第4回全日本女子柔道選手権大会、優勝田辺陽子 昭和天皇崩御、元号が平成へ 1989
平成元

8月27日第38回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝港、準優勝横内、第3位金田・旭北 4月全日本柔道選手権大会小川直也4段優勝 中国・天安門事件(6月)

               (個人戦の部)有段者優勝臼井照人、無断者優勝高橋 仁 12月第7回福岡国際女子柔道選手権大会 ベルリンの壁崩壊(11月)
1990
平成2
2月平塚市スポーツ優秀選手東海大学柔道部(第38回全日本学生柔道優勝大会優勝他) 第5回全日本女子柔道選手権大会、優勝田辺陽子 ソ連・共産党一党独裁を放棄 1990
平成2

8月5日第11回平塚少年柔道大会 4月全日本柔道選手権大会小川直也5段優勝 日本経済バブル崩壊

  平塚柔道協会有段者会発足10周年 5月第23回全日本選抜柔道体重別選手権大会 東西統一ドイツ誕生

8月26日第39回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝横内、準優勝富士見、第3位花水・金目 12月第8回福岡国際女子柔道選手権大会 イラクがクエートに侵攻

               (個人戦の部)有段者優勝植野新一、無断者優勝金子英昭   48kg以下級優勝田村亮子、52kg以下級優勝溝口紀子  

8月平塚市体育功労者に小林富雄氏(平塚柔道協会)   66kg以下級優勝佐々木 光、72kg以下級優勝田辺陽子  
1991
平成3
2月平塚市体育協会体育功労者に鳥海雅規氏(平塚柔道協会) 4月14日第6回全日本女子柔道選手権大会、優勝田辺陽子 中東・湾岸戦争(1月) 1991
平成3

  平塚市スポーツ優秀選手関根英之氏(第11回アジア競技大会柔道無差別級優勝他) 4月全日本柔道選手権大会小川直也5段優勝 ソ連・共産党解体、バルト3国独立

  平塚市スポーツ優秀選手大熊正彦氏(第11回アジア競技大会柔道65Kg以下級優勝) 5月第24回全日本選抜柔道体重別選手権大会  

  平塚市スポーツ優秀選手越野忠則氏(第11回アジア競技大会柔道60Kg以下級優勝他)   60kg以下級優勝越野忠則、65kg以下級優勝大熊政彦  

  平塚市スポーツ優秀選手甲斐康浩氏(第11回アジア競技大会柔道95Kg以下級優勝他)   71kg以下級優勝古賀稔彦、78kg以下級優勝高波善行  

  平塚市スポーツ優秀選手高波善行氏(第23回全日本選抜柔道体重別選手権大会優勝)   86kg以下級優勝岡田弘隆、95kg以下級優勝甲斐康浩  

  平塚市スポーツ優秀選手東海大学柔道部(第39回全日本学生柔道優勝大会優勝)   95kg超級優勝関根英之  

5月平塚柔道協会の道場を旧見附台武道場から平塚総合体育館第一武道場(新柔道場)へ 7月第17回世界柔道選手権大会(スペイン)  

8月25日第12回平塚少年柔道大会(新柔道場記念大会)、新柔道場落成記念祝賀会   60kg以下級優勝越野忠則、71kg以下級優勝古賀稔彦  

9月1日第40回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝横内、準優勝八幡、第3位富士見・金田   86kg以下級優勝岡田弘隆、無差別級優勝小川直也  

               (個人戦の部)有段者優勝植野新一、無断者優勝渡辺 勝 12月第9回福岡国際女子柔道選手権大会  

9月20日特別総会にて役員改選、平塚柔道協会が原田重好会長(有段者会会長兼務)へ   48kg以下級優勝田村亮子、52kg以下級優勝溝口紀子  

9月29日県民総合体育大会柔道競技、平塚市第3位入賞   61kg以下級優勝北爪弘子、72kg以下級優勝田辺陽子、他  
1992
平成4
2月2日箱根町柔道大会で平塚柔道協会優勝 4月19日第7回全日本女子柔道選手権大会、優勝田辺陽子 地球環境サミット開催(ブラジル) 1992
平成4

2月平塚市体育協会40周年記念式典、特別功労者表彰に小林富雄氏(平塚柔道協会) 4月全日本柔道選手権大会小川直也5段優勝 第25回オリンピック大会(バルセロナ)

  平塚市体育協会体育功労者に石原康二朗氏(平塚柔道協会) 7月オリンピック・バルセロナ大会柔道競技  

  平塚市スポーツ優秀選手下出善紀氏(第43回全日本学生柔道選手権大会優勝)   78kg以下級優勝吉田秀彦、71kg以下級優勝古賀稔彦  

8月2日第13回平塚少年柔道大会   日本女子柔道は田辺、溝口、田村の3選手が銀メダル  

8月23日第41回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝旭北、準優勝花水、第3位金目・富士見 12月第10回福岡国際女子柔道選手権大会  

               (個人戦の部)有段者優勝添田正夫   48kg以下級優勝田村亮子、52kg以下級優勝溝口紀子、他  
1993
平成5
2月平塚市体育協会体育功労者に平野忠男氏(平塚柔道協会) 4月18日第8回全日本女子柔道選手権大会、優勝阿武教子 米国・情報スーパーハイウエイ構想 1993
平成5

  平塚市スポーツ優秀選手中村佳央氏(第44回全日本学生柔道選手権大会優勝他) 4月全日本柔道選手権大会小川直也5段優勝5連勝 日本・自民党長期政権崩壊

  平塚市スポーツ優秀選手板楠忠志氏(正力松太郎杯 6月第26回全日本選抜体重別柔道選手権大会    細川連立内閣誕生

                   全日本学生体重別柔道選手権大会60Kg級優勝) 7月第16回全日本女子体重別柔道選手権大会  
1993
平成5
  平塚市スポーツ優秀選手北田晃三氏(全日本学生体重別柔道選手権大会78Kg級優勝) 9月第18回世界柔道選手権大会(カナダ)   1993
平成5

  平塚市スポーツ優秀選手野瀬守弘氏(全日本学生体重別柔道選手権大会95Kg級優勝)   男子:85kg級優勝中村佳央、65kg級優勝中村行成  

4月平塚柔道協会猪股孝次会長、有段者会原田重好会長の時代へ      60kg級優勝園田隆二  

8月1日第14回平塚少年柔道大会 9月第8回世界女子柔道選手権大会(カナダ)  

9月5日第42回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝横内、準優勝旭北、第3位富士見・港   女子:48kg超優勝田村亮子  

               (個人戦の部)有段者優勝植野新一 12月第11回福岡国際女子柔道選手権大会  
1994
平成6
2月平塚市体育協会体育功労者に原田重好氏(平塚柔道協会) 4月第9回全日本女子柔道選手権大会、優勝阿武教子 日本・純国産ロケットH2打上成功 1994
平成6

  平塚市スポーツ優秀選手中村行成氏(第18回世界柔道選手権大会65Kg以下級優勝) 4月全日本柔道選手権大会金野 潤3段優勝 米国・ロサンゼルス大地震(1月)

  平塚市スポーツ優秀選手北田晃三氏(アジア柔道選手権大会78Kg以下級優勝) 5月第17回全日本女子体重別柔道選手権大会 日本・関西国際空港開空

  平塚市スポーツ優秀選手繁昌久哲氏(ポーランドジュニア柔道国際大会95Kg以下級優勝) 6月第27回全日本選抜体重別柔道選手権大会 広島アジア競技大会

  平塚市スポーツ優秀選手中村兼三氏(講道館杯全日本体重別選手権71Kg以下級優勝) 10月広島アジア競技大会柔道競技  

  平塚市スポーツ優秀選手大原尚喜氏(第12回全日本学生柔道体重別95Kg以下級優勝)   男子:95kg超級優勝金野 潤、95kg級優勝岡泉 茂  

  平塚市スポーツ優秀選手徳野和彦氏(第12回全日本学生柔道体重別60Kg以下級優勝)      85kg級優勝中村佳央、65kg級優勝中村行成  

8月7日第15回平塚少年柔道大会      無差別級優勝増地克之  

9月平塚市体育功労者に山本 弘氏(平塚柔道協会)   女子:66kg級優勝大石 恵、48kg超優勝田村亮子  

9月4日第43回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝港、準優勝横内、第3位金目・神田      無差別級優勝阿武教子  

               (個人戦の部)有段者優勝金子貴紀、無断者優勝橋口 勝 12月第12回福岡国際女子柔道選手権大会  
1995
平成7
2月神奈川県柔道連盟45周年記念式典 4月第10回全日本女子柔道選手権大会、優勝阿武教子 欧州連合(EU)スタート 1995
平成7

8月6日第16回平塚少年柔道大会 4月全日本柔道選手権大会小川直也5段優勝 阪神淡路大地震発生(1月)

9月3日第44回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝崇善、第3位金田・富士見 10月講道館柔道試合審判規定を改正(平成8年1月実施) 地下鉄サリン事件(3月)

               (個人戦の部)有段者優勝金子貴紀、無断者優勝菅原 潤 12月第13回福岡国際女子柔道選手権大会 インターネットの普及
1996
平成8
2月箱根町柔道大会で平塚柔道協会3位入賞 4月第11回全日本女子柔道選手権大会、阿武教子優勝   1996
平成8

2月平塚市体育協会体育功労者に秋山 進氏(平塚柔道協会) 4月全日本柔道選手権大会小川直也5段優勝2年連続通算7回目  

  平塚市スポーツ優秀選手中村兼三氏(アジア柔道選手権大会71Kg以下級優勝他) 6月第12回全日本女子柔道団体優勝大会  

  平塚市スポーツ優秀選手鳥居智男氏(アジア柔道選手権大会65Kg以下級優勝他) 7月アトランタオリンピック柔道競技 第26回オリンピック大会(アトランタ)

  平塚市スポーツ優秀選手徳野和彦氏(アジア柔道選手権大会60Kg以下級優勝他) 10月第10回アジア柔道選手権大会  

  平塚市スポーツ優秀選手繁昌久哲氏(フランスジュニア国際柔道大会72Kg以下級優勝) 11月嘉納治五郎杯国際柔道大会  

  平塚市スポーツ優秀選手東海大学柔道部(第44回全日本学生柔道優勝大会優勝) 12月第14回福岡国際女子柔道選手権大会  

8月4日第17回平塚少年柔道大会 12月講道館杯日本柔道体重別選手権大会  

8月31日第45回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝神田、第3位旭北・四之宮    

               (個人戦の部)有段者優勝内藤達也、無断者優勝池田太郎    
1997
平成9
2月平塚市体育協会体育功労者に加藤利雄氏(平塚柔道協会) 4月全日本女子柔道選手権大会(第12回) 米国・無人探査機火星表面を走行 1997
平成9

  平塚市スポーツ優秀選手繁昌久哲氏(正力杯全日本学生体重別柔道95Kg級優勝) 4月全日本柔道選手権大会金野 潤4段優勝 英国・クローン羊誕生

  平塚市スポーツ優秀選手徳野和彦氏(正力杯全日本学生体重別柔道60Kg以下級優勝) 10月世界柔道選手権大会(パリ) 香港返還(7月)

  平塚市スポーツ優秀選手藤田博臣氏(正力杯全日本学生体重別柔道86Kg以下級優勝)  男子71Kg級優勝中村兼三4段、男子60Kg級優勝野村忠宏4段  

  平塚市スポーツ優秀選手東海大学柔道部(第45回全日本学生柔道優勝大会優勝)  女子72Kg級優勝阿武教子4段、女子56Kg級優勝立野千代里3段  

8月3日第18回平塚少年柔道大会  女子48Kg級優勝田村亮子4段  

8月平塚市体育功労者に原田重好有段者会会長(平塚柔道協会) 11月第11回アジア柔道選手権大会  

8月31日第46回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝崇善、第3位港・花水 12月第15回福岡国際女子柔道選手権大会  

               (個人戦の部)有段者優勝佐藤 純、無断者優勝石塚美行    
1998
平成10
2月平塚市スポーツ優秀選手井上康生氏(正力杯全日本学生体重別柔道95Kg級優勝) 4月全日本選抜柔道体重別選手権大会(第31回) 長野冬季オリンピック(2月) 1998
平成10

  平塚市スポーツ優秀選手安達春樹氏(正力杯全日本学生体重別柔道71Kg以下級優勝) 4月全日本女子柔道選手権大会(第13回)優勝二宮美穂 インド、パキスタンが核実験(5月)

  平塚市スポーツ優秀選手藤田博臣氏(第30回全日本選抜体重別柔道86Kg以下級優勝) 4月全日本柔道選手権大会篠原信一4段優勝  

8月2日第19回平塚少年柔道大会 5月全日本女子柔道選抜体重別選手権大会(第21回)  

8月23日第47回平塚市民総合体育大会柔道競技、優勝金目、準優勝花水、第3位港・崇善 10月第53回国民体育大会柔道競技(横須賀市)  

               (個人戦の部)有段者優勝金子貴紀 11月全国女子柔道体重別選手権大会  

9月県総体柔道競技青年大会に平塚柔道協会優勝(11月の全国大会へ出場) 11月講道館杯日本柔道体重別選手権大会  

10月第53回国民体育大会(かながわ・ゆめ国体)開催 12月アジア競技大会柔道大会  

11月全国青年大会柔道競技(平塚柔道協会は団体予選ブロック2位、個人戦ベスト8進出)    
1999
平成11
2月平塚市スポーツ優秀選手飛塚雅俊氏(正力杯全日本学生体重別柔道90Kg級優勝) 1月嘉納治五郎杯国際柔道大会 ユーゴスラビア・コソボ紛争 1999
平成11

  平塚市スポーツ優秀選手安達春樹氏(全日本学生体重別柔道選手権大会73Kg級優勝) 1月第16回福岡国際女子柔道選手権大会  

  平塚市スポーツ優秀選手中西英敏氏(第53回国民体育大会柔道成年男子優勝監督) 4月全日本女子柔道選手権大会(第14回)  

  平塚市スポーツ優秀選手岩川武久氏(第53回国民体育大会柔道成年男子優勝) 4月全日本柔道選手権大会篠原信一5段優勝  

  平塚市スポーツ優秀選手井上康生氏(第53回国民体育大会柔道成年男子優勝他)    

8月1日第20回平塚少年柔道大会(50周年記念大会)    

8月平塚柔道協会50周年記念式典    

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